W杯から見る「大きなエネルギー循環の作り方」

オピニオン

こんにちは、藪内です。

 

昨日はW杯の日本戦でした。

僕は、同じグループのポーランドを
ひいきしているので
正直日本の結果はどうでもよかったのですが、

日本も上出来と言える戦いぶりでした。

一方、ポーランドは予想外の予選リーグ敗退。

テレビで応援していたので
正直ショックでしたが、

まだ一試合、日本との対決が残っているので
そこではいい試合を見てみたいな、とは思います。

さて、今回はこのW杯から
「一体感」というものについて
考えてみたいと思います。

昨日の日本-セネガル戦は
日本時間だと深夜だったので
どれくらいの人がリアルタイムで
応援していたかは分かりませんが、

テレビで見ていた人は間違いなく、
日本代表との、あるいはW杯との
「一体感」を味わっていたことと思います。

前からこのメルマガで何回も話していますが、
インターネットで多くのことが解決してしまう、
手に入ってしまう時代だからこそ

「ライブに参加する」

ことの価値はこれからもっと高まっていく、
と僕は言っています。

これは、理想的には
実際の場を共有する
(W杯で言うと、現地観戦する)
ことですが、

そうじゃなくても、
「同じ時間を間接的に共有する」
ってことでも構いません。

もちろん、一番いいのは
熱気や雰囲気を五感で感じられる
「ライブ参加」なんですが、

今回のW杯の場合は
地理的にもちょっと難しいです。

だから、そういうときは
テレビ観戦でもいいので

「一緒の時間を共有する」

ってことが大切です。

こうすることにより
「一体感」を味わうことが、僕たちにはできるのです。

W杯だと、恐らく観戦している誰もが
日本(あるいは特定のチーム)を応援しているでしょう。

中には、選手のプレーを純粋に見てみたい、
という人もいるのかもしれませんが、

それでも、実際に美しいプレーを見たときは
心が動かされるはずです。

で、応援しているときは必ず
「エネルギーを注いでいる」ことになっています。

昨日は日本が2回、同点に追いつきましたが
応援していた人の中には

「僕(私)の応援が届いた!」

と思った人が、少なからずいたはずです。

逆に、ポーランドは昨日
ゼロ点で試合が終わってしまいましたが、
応援している人は色んな瞬間に

「自分の応援が届いて欲しい!」

と思って、試合を見ていた(応援していた)はずです。

で、これは少し興ざめになってしまいますが

自分が応援をすることと、
その結果チームが結果を出す(得点を入れる)ことには
何の関係もありません。

別に、自分が応援してもしなくても
日本代表は同点で試合を終えていたかもしれませんし
ポーランド代表はゼロ点で予選敗退になっていたかもしれません。

でも、応援をすることで僕たちは

「同じ時間を共有できた」

という、一体感を味わうことができます。

厳密にいうと、
自分がエネルギーを注ぐことで
多分相手に届いているんだろうな、
って風に「勘違い」して、
時間を過ごすことができるわけです。

「勘違い」と言うと
なんだか悪い印象がありますが、

これは本当なのです(笑)

別に、自分が応援しようがするまいが
少し先の未来は変わっていなかったかもしれない。

でも、応援をすることで
(エネルギーを注いで一体感を味わうことで)

僕たちは
「自分がエネルギーを注いだら、届くんだ」
という、良い意味での「錯覚」を起こすことができます。

そして、こういう「錯覚」なら
どんどんすればいいのです。

W杯を応援するときに、
誰もが心の底では「日本に勝って欲しい!」
と思っているはずですが、

それ以上に大切なのは
「自分もエネルギーを使って一体感を味わいたい!」
と思うことです。

実際、精一杯応援したのなら、
結果がどうであれ

カタルシス(清々しい気持ち)

を味わうはずです。

日本が善戦してドローに持ち込んだから
明日からの仕事(勉強)も頑張ろう、とか

ポーランドは負けてしまったけど
いい試合を見られたから、
自分ももっと精進しよう、とか

いいエネルギーを送ることで一体感を味わって
その結果、自分が気持ちよくなるなら
どんどんと、いいエネルギーは
誰かにパスをしたほうがいいです。

これは、「情けは人のためならず」
ということわざが持っている意味に似ています。

このことわざは、今では曲解されがちのようですが
もともとの意味は

「他人に情けをかければ、回り回って自分に返ってくる」

という意味です。

(今では「情けをかけても意味が無いからかけるな」
というニュアンスに捉えられがちのようですが)

このことわざは、理科の教科書とかで出てくる
地球での水の動きとして考えると
分かりやすいかもしれません。

山に雨が降って、
その雨が川に流れて海に注いで
海水が蒸発して雲になり
雲が山沿いに移動して
また雨が降る。

大切なのは、水(エネルギー)が動いたときに
そのままオウム返しのように
戻ってこないことです。

もっと大きくて、複雑な世界を回り回って
また山に雨が降るように、
別のところからエネルギーが自分にやってくるのです。

だから、W杯で応援をする(エネルギーを注ぐ)ことは
そのままチームの結果に結びつかないかもしれないけれど、

そうすることによって
自分のもとに将来的に
別のエネルギーがやってくるのであれば、

一体感を味わいながら応援をすればいいのです。

こういうのは、感覚的に
「分かる!」ってひとと
「うーん、微妙…」ってひとに
分かれると思うんですが、

後者の場合も、一度
「その気になって」やってみるといいのです。

別にそれは、W杯の応援じゃなくても構いません。

友人にオススメのレストランを紹介するとか

「このひと同士繋がったらおもしろくなりそうだ」
と思うのであれば、紹介してみるとか

ブログで旅行情報をまとめてみるとか

「いいエネルギーを注いでいる」
と思えることであれば、やってみるといいのです。

僕は、ポーランドにいたときから
旅行ブログ(情報をまとめたブログ)を
今も書き続けていますが、

これは純粋に「ブログを読んだ人に役立って欲しい」
と思ってやっています。

まあ、厳密には
「何も知らないもう1人の自分が読んだ時に
こういうブログがあればいいな」
という設定をして、

その相手にいいエネルギーを送ることを
イメージしながら書いています。

別に、本当に「一体感」があるかどうかは
厳密には重要じゃありません。

サッカーでも、
応援している自分と
応援を感じてプレーをしている選手がいますが

それらのエネルギーが
「本当に」
繋がっているのか、なんていうのは
よく分からないはずです。

でも、そういう力を僕たちは
感じることができるのも確かです。

単純に、電子レンジにものを入れて
チンしたら温められている、
というのではなくて、

もっと大きなシステムがあって
その中に自分がいる、という感覚です。

これがまさに「一体感」です。

その中で、小さくても
自分がエネルギーを注ぐ(動かす)ことができれば
複雑な循環が生み出されて、
結果的に、何らかの形で
自分にもいいエネルギーが戻ってきます。

最初は、友人や知人への
感謝メールとかでもいいのです。

本当に感謝の気持ちを送っているとき
(メールを書いているとき)は

間違いなく、自分のなかで
いいエネルギーが生み出されていますよね?

そういう状態を増やしながら、
周りで、まずは小さな
いいエネルギーの循環を一緒に増やしていきましょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました