タクシーに乗って考えた「価値」のこと

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こんにちは、藪内です。

僕は普段、基本的に「怒り」の感情を
表にすることはないんですが、

この前ふとしたことで、
久しぶりに、怒りを露わにしてしまいました。

人前でこんな感情出したのいつぶりだろう?

冗談抜きで、それくらい長らく
怒りを表に出したことはありませんでした。

何が起こったのかというと、
その日はブダペストの空港から市内の自宅まで
タクシーを使って帰ったのです。

実は僕は基本的に、海外生活で
タクシーは使いません。

ぼったくりもあるし
わざと迂回ルートを走って
料金を上乗せして請求されたりするし、

あとはクレジットカードが使えないのもあります。
(現金のやりとりが面倒なのです)

だから、ポーランドにいたときは基本
地下鉄とかトラム、
あるいはUberを使っていました。

Uberもタクシーサービスの一種と言えるんですが、
専用アプリで配車をして、
ドライバーの評価も分かるし
支払も紐付けしたクレジットカードで
半自動で行われるので、
利用するには手間がかからなくて便利なのです。
(加えて、正規のタクシーより安いというのもあります)

ただ、ブダペストにはUberがないんですね。

しかも、空港から市内までの移動方法が

・市営バスを使ったシャトルバス
・相乗りの送迎バス
・タクシー

しかなくて、
最初はシャトルバスを使おうと思っていましたが
あまりにも人が並んでいて
いつ乗れるかも分からないので、
さっさとタクシーを使うことにしました。

実は、送迎バスの存在を空港に着いたときに知ったんですが
タクシーとどちらが料金が安いかが分からないので、
まずはタクシーの料金を調べようと思ったのです。

幸い、配車ステーション(窓口)があったので
そこでアパートの住所を伝えたら
およその見積は教えてもらえました。

で、送迎バスのほうが安かったのですが
また移動するのが面倒なので
そのままタクシーを使うことにしたのです。

見積も伝えてもらったし、
クレジットカードも使えることが分かったので
これでいいかなと。

で、配車してもらって乗ったまではいいのですが…

空港を出て郊外にさしかかってから、
やたらドライバーが話しかけくるのです。

しかも、英語ではなくてハンガリー語で、です(笑)

最初は、
「どこの国から来たのか?」
「ブダペストには旅行?留学?」
みたいな質問をされていて、

スマホのGoogle翻訳を使って
なんとかやりとりしていたのですが、

その後、やたら
「それは初対面で聞くこととちゃうやろ」
というような内容を、しつこく聞いてくるのです。

具体的な内容はここでは伏せますが(笑)
あまり、表だって書けない話ですね。

で、その時は10日間くらいの旅を終えた日だったので、
結構僕も疲れていて
さすがに鬱陶しくなってきました。

なのでテキトーに受け答えしていたのですが、
ドライバーからの似たような質問攻めは
終わる気配がありません(笑)

結局、目的地が近づいてきたので
その話はうやむやになったのですが、

更に想定していないことが起きました。

クレジットカードが使える、
と聞いていたにもかかわらず、

なんとその車のカードリーダーは
電池が切れていて使えないと言われたのです。

しかも「近くにATMはあるから、お金は下ろせる」
と言われるし
(現金は持っているんですが、やりとりが面倒なだけなのです)

メーターの数字は
7800
くらいなのに

「10000くれ」

と言ってくるのです。

その前からのやりとりもあって
既に良い気分が吹っ飛んでいた僕は、
さすがに「10000は払えない」と思って
お札で8000渡して

「お釣りはいらないから」
と言いました。

(こっちの200って、日本で言うと100円くらいです)

そしたら、最後の最後に
「チップで500くれ」と言われ。

ここで、堪忍袋の緒が切れました(笑)

一切笑顔を見せずに
8000のお札だけ投げるように渡して、
トランクルームの荷物も全部自分で取りだして
ドライバーにお礼も言わず、
タクシーを後にしてしまいました(笑)

今となっては、
さすがにお礼を言わなかったのはどうか、と思いますが、

あれだけ、こっちが不快に感じることを続けられたら
ちょっと我慢できなくなってしまってですね。

あれから、あのタクシー会社は使わないことに決めました(笑)

で、あの一連の出来事を振り返ってみると、
僕は決して、「お金が高い!(ぼったくりだ!)」と
いうことに対して怒っていたわけではありません。

そうじゃなくて、
「ここまで相手のことを考えていないのに
お金なんて払えるか!」
ということに対して、怒っていたのです。

もちろん、相手も
「目的地まで人を運ぶ」という
仕事をしたので、
それに対する対価はきちんと払う必要があるし
その義務が僕にもあります。

(これは一種の契約ですね)

ただ、ここで問題なのは
相手(ドライバー)と自分が
提供したことと提供されたことに
同じ価値を認めていたのか?

ということです。

多分、ドライバーにとっては
「空港から目的地まで人を運ぶこと」
に、8000の価値があると認識していると思います。

それか、タクシーって普通は
会社が中間マージンを抜くので
ドライバーが手にする報酬は
8000より少ないかもしれません。

まあ、ここでは8000としておきましょう。

じゃあ、全く同じことに対して
僕が8000の価値を認めたのか?というと、

確かに、他のお客と相乗りにならずに
座席に座れて乗り換えも必要とせず
移動時間も最短で移動できることに対しては

「まあ、8000と言えば8000かな」

という風に考えていました。

ただ、事前にクレジットカードが使えることが分かったとか、
他の要素も含めての「8000」でした。

なので、せっかく休みたいのに
ドライバーからなんでもかんでも質問されたり
クレジットカードが使えないと言われたり
挙げ句の果てにはピンハネ分の金額も請求されたり…

と、「期待以下」のサービスを受けることになったので

いや、これは8000の価値ないやろ…

と、言わば相手の株が下がってしまった状態になりました。

さて、お気づきになった方もいると思いますが、
実は「価値認識」って、
サービスを提供する人と受ける人
(あるいは、モノを作る人と買う人)によって、
違っていることが往々にしてあります。

一番分かりやすいのは、
お祭りとかの屋台で食べる食事かと思います。

これ、作るほうは
原材料の原価とか、その他諸々の費用(コスト)も
考えた上で値段設定はしていると思いますが
(赤字になるのはまずいですからね)

お祭りに行ってクレープとか焼きそばを食べる人が
食材の原価とか人件費とかを考えて
それらの食事を買うことは
まあ普通、ないんじゃないかと思います。

考えるとしたら、
同じ値段でどれだけ多く食べられるか、とか
手持ちのお金でどれだけ使えるか、とか
普段食べられないものは何かとか、
祭っぽい食べ物を選ぶならどれか、とか

そういうことなんじゃないかと思います。

でも、それだけ「価値の意味」が違っていても
屋台は400円で焼きそばを売って、
その焼きそばを400円で買うお客さんがいます。

そして、買う人の視点に立つと
「これが400円は高いなあ」とか
「これが400円は安いなあ」とか
そういうことを、買った後に考えます。

まあ、焼きそばとかだと値段が知れていますが
もう少し値段が高い家電とか、
年に何回か行く旅行のチケットやホテル代とか、

買うモノ・サービスの種類一つ一つに対して
見出す価値って、絶対に違ってきます。

だから、お金っていうものを
よくよく考えてみると、なかなか奥深いです。

今、日本とヨーロッパを
飛行機で往復したら
エコノミークラスで10万円を切るくらいで
チケットは購入することができると思います。

この10万円という金額、
「ヨーロッパに旅行に行く」という意味では
なかなかお手頃なものかもしれませんが
(価値があると思う人もいると思いますが)

同じ金額でも、
使う対象が全く違ってくると
「いや、高すぎるし価値分からないし、払えない」
ということになることだってあります。

例えば、宝くじがそうです。

僕は、宝くじはこれまで1度も買ったことありませんし
宝くじに10万円使えるか、と言われると
絶対に使いません。

僕の場合、
宝くじの10万円<<<<<飛行機代の10万円
と、同じ金額でも全然価値が違うし
後者のほうに大きな価値があると考えています。

でも、人によっては
宝くじの10万円>>>>>飛行機代の10万円
という人だっていると思います。

他にも、ブランド品に価値を認める人もいれば
ひたすら本を買って読むことに価値を認める人もいれば
食事は絶対に譲れない!
という人もいます。

そして、「価値認識」の文脈で言えば
どれだけの金額を払うか(金額の大小)は
あまり問題じゃなくなってきます。

一般的には、
「できるだけ安い値段で買う」のが
よしという考えがあると思いますが、

これがシャネルやルイ・ヴィトンの商品であれば
値段が安いと逆に「何かあったのかな」と
考えてしまうわけです。

いわゆるブランド品の価値っていうのは、
機能がどれだけいいのか、とか
製造コストがどれだけ抑えられているのかとか
そういう文脈にはありません。

だから、10万円のブランド品や
3万円の高級フレンチには
ポンとお金を払う人だって、沢山いるのです。

そして、価値認識は必ずしも
金額の大小ではかれるものではないので
(金額の大きさが価値の高さに比例しないので)
数万円、あるいはそれ以上の値段が付いた商品を
さっと買ってしまう人が、

1000円以下の本を買うのに躊躇する、なんてことも
起こりえます。

他には、数千円~数万円の本を
買うことは全くためらいがないのに、
普段は絶対に外食しない、
1000円の夕食だって買うかどうかを
ずっと考える、という人だっています。

これって、一見不思議なように思えますが、
実は別に、不思議でもなんともないとも言えます。

だって、そもそも
「価値」っていうのは、同じ指標(物差し)で
表すことができません。

日本とヨーロッパの往復航空券が10万円で、
東京都区内で一人暮らしをするための家賃が10万円だとすると、

これら2つの「モノ(サービス)」の価値は同じなのか?
と考えてみると、

そもそも別の価値を、無理矢理「お金」という
共通の物差しで表してしまっているので
どちらが価値が高いのか、なんてことは一般には
言えないのです。

なので、今度からお金を使うときには
「今自分は、何に価値があると思っているのか?」
ってことを考えてみると、いいと思います。

外食1つにしても、
・普段は食べられない料理を食べること
・お腹いっぱい食べること
・高級で上品な雰囲気に身を置くこと
・大切な人との時間を過ごすこと

みたいに、毎回重きを置く「価値」は
違ってくるのが普通じゃないか、と思います。

これってトレーニングの1種なんですけれど、
こういうことを普段から意識しておくと

今後色んなものを買うときに、
今まで考えることもなかった価値を見つけられますし、

あるいは仕事をするときにも役立ちます。

今回は少し長くなってしまいましたが、
ぜひ、出来る範囲で取り入れられることを
取り入れていって欲しいと思います。

それでは、今回はこの辺で。

ありがとうございました。

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