ポーランドの独立記念日を過ごして思うこと

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こんにちは、藪内です。

11月11日は、ポーランドの
独立記念日ということで、
前日からワルシャワ入りして
2年ぶりにこの日を
ポーランドで過ごしてきました。

今年は独立100周年
(独立回復100周年)と
いうことで、いつもより
盛大に式典が行われたようでした。

11時11分からは、
毎年行われているらしい
10kmマラソン
(各自が思い思いに走る)

12時からは、恐らく
100周年記念式典が
大きな広場で行われて

15時くらいからも、
街の中心部で
これまた別の式典が
行われたようでした。

で、ポーランド人の友人が
ちょうどワルシャワに来ているので
最後のイベントの時間に
その会場近くで会おう、
ということにしていたのですが……

ご存じの方も多いと思いますが、
ポーランドには

「極右」

と呼ばれる過激派
(ネオナチの1種)がいて、

こういうイベントの時に
その一部が暴徒化するんですね。

で、その会場近くに行ったのですが

爆竹とか発煙筒を盛大に使って
大声で叫んでいる輩ばかりで、

さすがに身の危険を感じて
そこから泣く泣く撤退。

友人も、住んでいる街に
変えるということで
結局今回は
会えずじまいに終わって
しまいました。

まあ、この極右の存在は
以前から知っていたのですが
実際に目にしたのは初めてで
周りも暗くなってきていたので

さすがに自分1人では
目を付けられたら
まず勝ち目はない、
ということで
そそくさと退散してきたのですが……

日本にも、
「ネトウヨ」と呼ばれる
人たちが多くいる、
という話はよく聞きますが、

こっちの人たちと
根っこは同じなのかな、
となんとなく考えたのです。

これは、あくまで僕個人の考えですが
「右翼」と呼ばれる人たちは

・英語(外国語)を身につけていない

ってことを、1つの特徴に
しているんじゃないかな、
と思います。

そして、母語で流れてくる情報のうち
自分に都合のいいもの「だけ」を
意識的にか無意識的にか、
選び取って、それを

「この世の全て」

なんて思い込んで
しまっているんじゃないかな、と思うのです。

ここでいう「右翼」というのは
主に政治的・歴史的に
極端な自国中心主義を
取っている人たちです。

で、相手の言い分を認めない、
というかそもそも聞く耳を持っていない。

が、普通に考えて
母語と英語を勉強して
ある程度海外に住んでもみて、
そこの国の人たちと
コミュニケーションをしたら

ここまで極端な
「自国中心主義」は
取れないと思うんですよね。

ああいう、極端な思想や方向に
向かう人たちを見ていると
ある種の

「貧困」

だなあ、と思います。

自分の母語しか知らずに、
その上で知っている情報も偏っている。

もし、母語と合わせて
英語も使うことができて、
もう少し色んな情報にアクセスできれば
それだけで、物の見方や考え方は
豊かになるし、物事に対する評価を

「ペンディング」

することだって、できるはずです。

それが、僕の考える
・選択肢が多いこと
に繋がるし、
・1つの物事を色んな視点から見る
ことでもあるのです。

今、海外で暮らしていますけれど
日本には良い部分と悪い部分があるし、
住んでいる国にも
満足のいく点と不満な点の両方があります。

だから、「日本はダメで海外は良い」
なんて言えないし、

これは働き方についても
同じですね。

僕はフリーランスとして仕事をしていますが、
メリットの大きい部分もあれば
もちろんデメリットだってあります。

会社勤めも同じで、
良い部分もあれば悪い部分もある。

色んな考え方と視点を得た上で、
自分はどれを採用するのか?

こういう風に考えて実践できるのが
理想ではないかな、と思います。

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