2018年に読んで良かった書籍7冊を紹介

自己投資

こんにちは、藪内です。

 

2018年は、4月からヨーロッパに拠点を移したこともあって、読んだ本はほとんどがKindle版の電子書籍でした。

去年は旅に出ることも、新しい事業を最後の四半期から始めたこともあって、読んだ本の冊数、新しく買った本の冊数共に2017年より減ってしまいましたが、ここ数年間、いくつかのテーマを軸にして読書を展開してきたので、それらの分野に対するより深い見方と考え方を身につけることができた1年でもありました。

 

そんなわけで、2018年に読んだ本のうち、選りすぐりの7冊をここで紹介しておきたいと思います。なお、紹介する本にランクはなくて、手に取った順で説明していきます。

 

①逃走論-スキゾキッズの冒険(浅田彰)

1984年に出版された、浅田彰の代表作とも言える作品。もちろん、僕が生まれる前の作品です。

浅田彰と言えば「構造と力」も有名ですが、この「逃走論」では、現代で言う「ノマド」的な生き方を「スキゾ」と表現して、従来の、仕事(というよりは会社)や土地に縛られる「パラノ」的生き方と対比して、鮮明に描いています。

 

この本での「逃走論」というのは、「1つの場所にとどまらずに、逃げる勇気を持っていざとなったらその場を離れられる生き方が良い」ということを提示しているわけですが、もちろん巷で流行の「フリーランス礼賛・会社員dis」なんていう幼稚で浅はかな枠組みではなくて、それぞれの利点と欠点を、当時の時代背景と共に解説しています(なので、バブルを迎える昭和末期という日本がどういう時代だったのか、という予備知識も、この本を読む上では必要なわけですが、まさか今の2010年代後半を指しているんじゃないだろうね?というくらい、一見すると似ている内容が多いのです)。

 

念のため解説しておくと、「パラノ」というのは「パラノイア」、つまり偏執型で、「スキゾ」というのは「スキゾフレニー」、つまり分散型という意味です。僕個人の考えでは、これらを二項対立で捉えて「どちらがいい」と極に振れるのではなく、パラノ的な要素とスキゾ的要素を絡めて(止揚して)生きていけばいいと思っています。例えば、仕事に関係するスキルはパラノ的(ストック型、積分型)で、住む場所や人間関係はスキゾ型(フロー型、微分型)、という風にです。

 

このテーマについては、また別の機会にどこかで解説したいと思います。

 

②十五の夏(佐藤優)

僕のメンターの1人である佐藤優の、15歳(高校1年生)に1人で回った「東欧」地域の旅随想。巷では「東欧版深夜特急」と呼ばれることもあるそうですが、まだソ連が顕在し、ポーランドにもチェコスロバキアにもハンガリーにも、渡航にはビザが必要だった時代の「社会主義時代」がこの世界の半分を支配していた時代の話です。

 

単純にこの本が良かったのは、僕が生まれる前にほとんど消滅した「社会主義」という枠組みを市井(というか、一旅行者)としての目線で表現しているところ。いわゆる「国としての体制」ではなく、そのシステムの下で人々が何を考え、何を大切にして生きていたのか、ということを知る手がかりとなる、貴重すぎる1冊と言えます。

 

前編はポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー。後半はルーマニアと旧ソ連(現在のウクライナも含む)。縁のあるエリアによってどちらに心惹かれるかは変わってくるでしょうが、僕はやっぱり、前半の内容が好きです。

 

③AI vs.教科書が読めない子どもたち(新井紀子)

この本は、「十五の夏」と同じく2018年に出版された、どちらかと言えば「ホット」な話題をテーマにした1冊。自分が仕事をしている翻訳の世界でもAIの導入が少しずつ始まっているのですが、勉強不足で変な煽りをしている人も多く居るので、こういう専門家の本を通して勉強するのがいいかと思って、手に取ってみた本です。

 

この本は、テーマからも分かるかもしれませんが本質的には「教育論」の話を取り扱っていて、そのテーマを扱う際にAIをスパイスとして取り入れている、といったほうが分かりやすいかもしれません。

 

勉強になったのは、AIが行う「翻訳」という作業のプロセスがどういうものか知れたことと、人間ができることの可能性についてのヒントが書かれていたことでしょうか。様々な学問からの切り口があって、それらを知るだけでも勉強になりますし、逆に言えば、様々な学問を身につけて「リベラルアーツ」を備えて生きていくことの大切さを説いている本、ということです。

 

④昭和史-1945(半藤一利)

平成が終わるために、平成とはなんだったのか、とかあれこれ言われているご時世ですが、こういう時期だからこそ、平成生まれの自分としては「昭和とは何だったのか」ということを、もう一度学び直したいと思って手に取った本です。

 

昭和と言っても、大きく分けて戦前・戦中と戦後の2つがあるわけですが、特に日本人が学んでおかないといけないのは、半藤一利「昭和史」の前編とも言える、日清戦争あたりから第二次世界大戦の終わりまでを緻密に纏めている、こちらの1冊です。日本がどのようにして世界大戦に突っ切っていったのかなど、今こそ「歴史に学ぶ」必要性の高いコンテンツですし、この本を読むだけでも学べるものは多くあると思います。

(最近ネットに出てきている経済学者や歴史学者は、バイアスが強すぎるのでどちらかと言えば情報弱者を相手にしていると思っていて、僕は全て避けています)

 

ちなみにこの本、後編(戦後編)も、日本の敗戦から新憲法の作成、ミズーリ号での降伏文書調印など、特に戦後直後の動きについては重要な解説が多いので、合わせて読んでみるのがいいと思います。

 

僕としては、半藤一利さんにはこのシリーズで、平成が終わって5年後くらいに「平成史」というものを出してもらいたいんですが、はてさてどうなるやら…

 

⑤理性の限界

2008年に出版されたこの本ですが、三部作(理性の限界、知性の限界、感性の限界)の第一部で、不確定性原理や構造主義など、生きていく上で備えておいたほうがよい「リベラルアーツ」について、架空の討論形式で話が進んでいく、思った以上に読みやすい本です。

 

この本の良さを上手く言語化するのは簡単ではないのですが、僕がAmazonのレビューに書いた内容は以下のようなものです。

自分自身のことを少し話すと、人間が持っている理性というものの力を信じすぎている(というか、その可能性に魅力を感じている)故に、この本のタイトルを見たときに「ああ、真反対の話なんだろうな、絶対に難しい内容なんだな…」と、いくばくの心理的抵抗があったのは事実でした。

しかし、勉強のためと思って読んでみると、一番驚いたのが、著者の考えを、架空の「討論会」を本の中で展開して、様々な立場の人が分かりやすく「理性の限界」について読者に説明をしてくれていて、良い意味で拍子抜けしたというか、こんなに一般読者目線に立って分かりやすく話を展開している本をこれまでに読んだことがなかったので、スラスラと読み進めてしまいました。

本書で取り扱われる話は、哲学や科学、数学(論理命題)など、恐らく多くの人にはやや抵抗のあるテーマなんじゃないかと思います。実際に、やや込み入った話も多く出てきますし、それぞれの分野の基礎知識というか、雑学的なベースの知識を持っている方が読み進めていくのは簡単であろうことは、事実だと思います。

それでも私たち読者が、本書の最後のほうに出てくる「合理的な愚か者」にならないためにも、少し抽象的かつ普遍的な、すぐには私生活で役立たない内容が多く出てくる本書を手に取って、少しでも「理性とはなにか」「理性で解決できないこととはどんなことか」ということを知っておくことは、これからの人生を生きる上で糧になること間違いありません。

すぐに役立つノウハウ本・ハウツー本では決してありませんが、長期的視点を持って、自分の人生を骨太にしていく必要があるということに気づけるきっかけを与えてくれる1冊としてはとても貴重だと思います。

 

⑥世界史の構造(柄谷行人)

柄谷行人と言えば、高校現代文の教科書で何度か目にしただけの人なんですが、佐藤優の本を読んでいると定期的に引用される人なので、どこかの本で紹介されていたこの「世界史の構造」を読んでみることにしました。

 

この本はまだ読了していませんが、世界を4つ(4つの交換様式)に分類して、いわゆる資本主義経済が席巻する系と、文化人類学的に言うところの贈与論(贈与経済)が成り立っている系を分類しながら、これらを止揚した理想の世界が第4の交換様式として成立する、ということを説いています。

 

読了していない本なので自分の中での完全な結論はまだ書けませんが、今世間的にウケがいい「信用経済」「贈与経済」というのは、僕個人の考えでは文化人類学的な考え方を援用しているだけの、「旧世界」(資本主義社会に内包される、より小さな系)だと捉えているので、資本主義経済といわゆる「信用経済」の両方と上手く付き合いながら、この世の中をどうやって上手くサバイブしていくかのヒントが隠されている本ではないかと考えています。

 

柄谷行人はこのシリーズ本として「帝国の構造」なども出版していますが、どのみち、これらの本を何冊か読んだ上で、「贈与論」や「想像の共同体」など、古典的名著にもアプローチして精神的な強靱性を備える必要があるのではないでしょうか。

 

⑦大衆の反逆(オルテガ)

この本はあまりに有名なので、ここで改めて説明する必要もないかもしれません。

ただ、とても数世紀前のヨーロッパに対して書かれた本ではないんじゃないか、と思えるくらい、僕が普段関わっている世界を描写しているような強烈な内容となっていて、この本を読む前後数ヶ月で悩んでいたことを、このオルテガも悩んでいたことに気づけたことが一番心を支えられたことかな、と思っています。

 

この本で取り扱われている「大衆」という存在は現代にも夥しいほど存在していますが、僕はそういう人たちが何を考えているのか(というか、むしろ何も考えていないわけですが)が分からないな、と、この本を読んで改めて気づきました。それを学べただけでもよかったのかなと。

 

ヨーロッパに住んでいることもあって、もう少しヨーロッパの古典にも目を通したいと思ってはいるのですが、まずは興味のあるテーマから、といったところでしょうか。

 

2019年はもっと「深海」に潜っていきたい

2018年も、どうしても新書などの読みやすい本を優先して読んだ1年になりました。

ただ、そろそろ、数年前に買って手つかずの、ソシュールの「一般言語学講義」や「シミュラークルとシミュレーション」(ボードリヤール)、想像の共同体(ベネディクト・アンダーソン)などの、骨太な本をもう一度読み直してみたいとも思います。

 

事業も徐々に多角化が進んでいますが、その一方で「深く入っていく」こともおざなりにしたくはないな、と。

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